「理」と「情」の狭間

大塚家具から考えるコーポレートガバナンス
未読
「理」と「情」の狭間
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大塚家具から考えるコーポレートガバナンス
未読
「理」と「情」の狭間
出版社
定価
1,650円(税込)
出版日
2016年03月22日
評点
総合
4.0
明瞭性
4.5
革新性
3.5
応用性
4.0
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おすすめポイント

それは2015年2月25日の出来事だった。大塚家具の大塚勝久会長(当時)が突然、大勢の幹部社員を引き連れて記者会見を開き、娘の大塚久美子社長を断罪した。このド派手なパフォーマンスはテレビのワイドショーでも連日取りあげられ、長きにわたる報道合戦を巻き起こすこととなった。

ここで興味深いのは、大塚家具という会社のイメージはこの騒動を通じて悪化するどころか、ある意味でプラスに転じたことだ。著者はその理由として、「どこの家族経営の企業でも起こる話だと多くの人が感じたから」だとしている。実際、日本では「跡継ぎ」の問題に悩む人が増えている。安倍晋三内閣が掲げる成長戦略でも、コーポレートガバナンス(企業統治)の強化は真っ先に取りあげられており、もはや安易に「創業者の子どもだから適任」というわけにはいかない時代になっている。

本書は、大塚家具の騒動をモデルケースとしながら、日本におけるコーポレートガバナンスの問題に切り込んだ意欲作だ。大塚家具を「公器」として、上場企業にふさわしいコーポレートガバナンスのありかたを世の中に訴えた久美子氏の「理」と、大塚家具を自らが創業した「家業」と見なし、会社を家族としてとらえる勝久氏の「情」の対立が、本書ではありありと描写されている。大塚家具騒動をふりかえりたい方にはもちろんのこと、日本のファミリービジネスがどこへ向かっていくのかを知りたい方にも、ぜひ手にとってみていただきたい一冊である。

著者

磯山 友幸 (いそやま ともゆき)
経済ジャーナリスト
1962年東京生まれ。87年早稲田大学政治経済学部卒業、日本経済新聞社入社。証券部記者、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、日経ビジネス副編集長・編集委員などを経て、2011年に退社・独立しフリーに。早稲田大学政治経済学術院非常勤講師なども務める。著書に『国際会計基準戦争完結編』『ブランド王国スイスの秘密』(いずれも日経BP社)など。共著に『オリンパス症候群』(平凡社)、『株主の反乱』(日本経済新聞社)。

本書の要点

  • 要点
    1
    当時会長だった大塚勝久氏には「情」に訴えかける発言が多く見られた。一方、社長である久美子氏は「理」をもって説明するという態度を貫き通した。
  • 要点
    2
    大騒動を巻き起こした会見の前から、すでに両者の溝は深まっていた。勝久氏に社長の座から追い出された久美子氏は、その半年後に社長の座を奪い返していた。
  • 要点
    3
    株主総会は、コーポレートガバナンスの重要性を強調した久美子氏の勝利で幕を閉じた。
  • 要点
    4
    上場したオーナー企業が株式会社となる過程で、経営をどう変えていくかは、大塚家具にかぎらず日本の多くの会社に共有されている課題である。

要約

「情」と「理」の対立

「情」に訴える勝久氏
Gajus/iStock/Thinkstock

2015年の年明け以降、大塚家具で内紛が起きていることが、徐々に明らかになっていた。実の父娘である会長と社長のあいだで、経営権を巡る争いが起きていたのだ。

そんな最中、2月25日に勝久氏が突然会見を開いた。そして勝久氏は筆頭株主という立場を利用し、久美子氏を排除するという提案を出した。久美子氏を取締役から外す理由としては当初、「企業価値の毀損」「コンプライアンス違反」といった文言を掲げたが、記者の質問が始まると、勝久氏の口からは「情」に訴える発言が増えた。「経営者としては失敗はなかったが、親としては間違ってしまった。残念だ」「何人かの悪い子どもを作ったと、そう思わざるを得ません。今は」。

この「悪い子どもを作った」というフレーズは、テレビのワイドショーや週刊誌でくりかえし取りあげられた。そこで吐露されていたのは、会長と社長という「公」の関係ではなく、父と娘という「私」の関係であった。

「理」を説く久美子氏

勝久氏の会見の翌日、久美子氏も記者会見を開いた。とはいっても、この会見はもともと中期経営計画の説明会として予定されていたものだった。まさか前日に勝久氏が反旗を翻す会見を開くとは思っていなかったため、大慌てで段取りをつくり直さなければならなくなった。

記者会見当日、久美子氏は前日の勝久氏の感情的な発言に、あくまで冷静に反論していった。そして手短に反論を終えると、すぐさま本題である中期経営計画の説明へと移っていった。久美子氏は、従来の大塚家具のビジネスモデルを「販売スタイルやブランディングにおいて課題を抱えていた」とし、大塚家具の特徴だった「会員制」という販売スタイルが今の時代に合わないとバッサリ切り捨てた。それは、父親が築き上げた成功モデルの否定を意味していた。

また、久美子氏は大塚家具の「ブランディング」についても問題があると指摘した。大塚家具は「価格が高そう」と感じている消費者が多く、本来ターゲットとしている層の客にも敬遠されていると述べた。そしてそれは新聞の折込チラシを大量にばら撒く勝久氏流の広告宣伝活動が限界にきているためだと結論した。プロのコンサルタントとしてキャリアを築いてきた久美子氏らしい論理的な分析だった。

対立の背景

火蓋はすでに切られていた
in.focus/iStock/Thinkstock

もともと件(くだん)の会見の前から、勝久氏と久美子氏の溝は深かった。2009年以降社長を務めてきた久美子氏が、取締役会で社長を解任されたのは14年7月23日のことだ。当時、取締役は久美子氏を含めて8人いたが、そのうち5人が久美子氏の社長解任に賛成した。そのなかには父の勝久氏や、実弟の勝之氏、義弟にあたる佐野氏も含まれていた。久美子氏は孤立無援の状態で社長の座を追われることになった。

だが、そのわずか半年後に大逆転劇が起こる。翌年1月28日に開かれた定例の取締役会で、社長を解任されていた久美子取締役が社長に復帰し、父親である勝久会長兼社長が代表権のある会長に専念するという発表をしたのだ。社長解任からわずか半年後に元サヤに収まる、まさに異例の事態だった。

久美子氏は半年の間、取締役会の情勢を逆転させることに心血を注いでいた。そのターゲットは、ジャスダック上場会社のホウライで会長を務め、社外取締役として参画していた中尾秀光氏だった。本来は独立した立場から賛否を示すべき社外取締役である中尾氏が社長解任に賛成したことに、久美子氏は怒っていた。結局、中尾氏は、久美子氏の「正論」に歯向かうことができず、1月の取締役会を前に取締役の辞表を提出した。

この中尾氏の辞任により、取締役会の勢力図は変化した。人数が7人になったため、4人の賛成がとれれば取締役会での議決が可能となったのだ。最終的に、久美子氏は自身の票を含め4つの賛成票を獲得することに成功し、社長の座に返り咲いた。

反撃、そして再反撃

4対3で久美子氏が社長に復帰したことは重要な意味を持っていた。

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