知能とはなにか
知能とはなにか
ヒトとAIのあいだ
知能とはなにか
出版社
出版日
2025年01月20日
評点
総合
4.0
明瞭性
4.0
革新性
4.5
応用性
3.5
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おすすめポイント

本書『知能とはなにか』は、物理学者の田口善弘教授が、AIが急速に進化する現代において「知能」をどう定義できるかを根本から問い直す一冊である。本書の魅力は、単なる技術解説にとどまらず、人間の知能と人工知能を対比しながら、読者に“知能の意味”を再考させる点にある。

現在の生成AIは、深層学習という技術により、大量のデータからパターンを学ぶことで人間のような言語応答を実現している。特にLLM(大規模言語モデル)と呼ばれるモデル群は、膨大な文章をもとに言語を予測する機能を持ち、われわれが日常で感じる“知的な受け答え”を可能にしている。しかし、こうしたAIが実際に“考えている”のかどうかという問いは、技術的進歩とともにより複雑さを増している。

本書では、こうしたAIの仕組みを分かりやすく概観しながらも、技術そのものの説明に偏らず、なぜ私たちはAIに知能を感じてしまうのか、そして「相手に知能があると感じること」と「本当に知能があること」の違いを丁寧に描き出している。

AIに興味はあるが技術書はハードルが高いと感じる人や、AI時代における人間の立ち位置に関心のある読者にとって、本書は知的好奇心を満たし、深い思索を促してくれるだろう。「AIと人間の違いをどう捉えるか」という問いに向き合いたいすべての人に、強くおすすめしたい。

ライター画像
池田友美

著者

田口善弘(たぐち よしひろ)
1961年、東京生まれ。中央大学理工学部教授。1995年に執筆した『砂時計の七不思議——粉粒体の動力学』 (中公新書)で第12回(1996年) 講談社科学出版賞受賞。その後、機械学習などを応用したバイオインフォマティクスの研究を行う。スタンフォード大学とエルゼビア社による「世界で最も影響力のある研究者トップ2%」に2021年度から2023年度まで4年連続で選ばれた(分野はバイオインフォマティクス)。最近はテンソル分解の研究に嵌まっており、その成果を2019年9月にシュプリンガー社から英語の専門書(単著)として出版した。主な著書に『生命はデジタルでできている』『はじめての機械学習』(ともに講談社ブルーバックス)、『学び直し高校物理』(講談社現代新書)など。

本書の要点

  • 要点
    1
    人間の知能は脳の新皮質で生み出される機能とされるが、その具体的な仕組みは未解明であり、知能の定義自体も定まっていない。
  • 要点
    2
    生成AIは、大規模言語モデル(LLM)などの深層学習によって、人間に近い知的ふるまいを実現しているが、本当に「考えている」わけではない。
  • 要点
    3
    人間の脳と生成AIは、それぞれ異なる原理で動作し、異なる限界を持った「現実シミュレーター」と考えることができる。

要約

過去の知能研究

そもそも「知能とはなにか?」
Mohammed Haneefa Nizamudeen/gettyimages

現在のところ、脳がどのように知能を生み出しているかははっきりとわかっていない。それどころか「脳の機能としての知能とはなにか」という定義さえ定まっていない。知能は脳の新皮質で生み出されていることについては、研究者のあいだで合意がとれている。しかし、新皮質が何をするのか、なぜ知能が実現しているかについては意見が分かれている。知能が脳の機能であることは古くから知られていたものの、脳の構造と機能の関係を特定することは困難であった。他の臓器とは異なり、解剖して脳を見たところで、どこが何をしているのかわからなかったのだ。

この状況を打開したのは、ある不幸な事故であったとされる。フィネアス・ゲージという米国の建築技師は、作業中に鉄棒が頭部を貫通する事故に見舞われ、事故の前後で大きな人格変容があった。前頭葉を損傷したことで性格が激変したことから、この部位が情動を制御するために重要な役割をになっているのではないかと考えられた。その後も実験により、どの部位がどんな機能を担っているかが決められるようになっていった。

しかし、このアプローチには根本的な問題がある。実際に観測しているのは「知能そのもの」ではなく、「知能が作用した結果」にすぎないからだ。ゲージの例では、実際に情動の不安定さが観測されたのではなく、情動が不安定になった場合に観測されるであろう行動が観測されただけだ。にもかかわらず、この観測から「前頭葉が情動に関わっている」と結論づけられた。「知能」を知能そのものではなく、「知能が働いた場合の行動の変化」でしか定義できないという問題は、生成AIで知能まがいの機能が実現した現在において、大きな混乱の原因になっている。

チューリングテストの限界

「脳の機能」として知能を研究する方針では、知能とはなにかをうまく定義できなかった。意外な方向からこの状況を打開したのは、コンピュータだ。

初期のコンピュータはごく簡単なプログラミングしかできなかったが、それでもある程度の知的作業をこなすことができた。これを用いて人工知能を作ろうとする科学者が現れるのも自然な流れであった。1946年に世界初の汎用コンピュータENIACが開発され、そのわずか10年後のダートマス会議で、人間のように考える機械が「人工知能」と名付けられた。

人工知能の研究には、工学的な開発だけでなく、知能の出現を解明するという理学的な目標もあった。しかし、知能の定義が曖昧なままでは、人工知能が知能を実現しているかの判断ができない。人工知能を作るなかで知能のよい定義が生まれるかもしれないという期待もあったが、知能が定義できなければ知能の実現は人工知能のふるまいをもとに判定することになる。

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要約公開日 2025.04.29
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