経済学者、待機児童ゼロに挑む

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経済学者、待機児童ゼロに挑む
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出版社
出版日
2018年03月20日
評点
総合
4.3
明瞭性
4.5
革新性
4.5
応用性
4.0
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おすすめポイント

いい意味で、とても生々しい本だ。

「保育歴16年、東京で対策の陣頭に立つ異端の経済学者が問題解決に立ちはだかる『真犯人』を炙り出す改革戦記」と帯にあるが、まさに。著者の実体験から綴られる本書は、なぜ待機児童という問題がなかなか解決しないのか、そしてこの問題の解決に取り組むことがいかに難しいかを、門外漢にもわかりやすく描写している。たとえば本書で語られる改革反対派の「抵抗」の凄まじさたるや、本当に平成の時代の出来事なのかと疑いたくなるぐらいだ。著者の「日本の保育は社会主義」という主張も、あながち言い過ぎではないと思わされる。

学者という立場から、「正論」を語れる人はある程度いるだろう。だが「正論」だけで問題は解決しない。複雑に絡み合った問題を解きほぐすには、泥臭いことを実行できる能力がどうしても必要になってくる。そういう意味で著者ははるか先の理想を追いつつ、目前の現実にも粘り強く対処できる、稀有な人物といえるのではないだろうか。

ここに書かれているのは、待機児童という問題を解決するため奮闘する著者の、貴重な生の証言だ。生き生きとした未来を実現するため、いま私たちは何を知っておくべきなのか。さまざまな思惑が行き交う待機児童問題について、ひとつの明るい道筋を照らしてくれる一冊である。とりわけ東京都周辺に住む方に、ぜひともお読みいただきたい。

著者

鈴木 亘 (すずき わたる)
東京都顧問/学習院大学経済学部教授
1970年生まれ。94年上智大学経済学部卒業後、日本銀行を経て、2000年大阪大学大学院博士課程過程単位取得退学(2001年博士号取得)。大阪大学社会経済研究所助手、日本経済研究センター研究員、大阪大助教授、東京学芸大学准教授等を経て、現職。『生活保護の経済分析』(共著、東京大学出版会、2008年/日経・経済図書文化賞)、『経済学者 日本の最貧困地域に挑む あいりん改革3年8カ月の全記録』(同、2016年)、『健康政策の経済分析』(共著、東京大学出版会、2016年/日経・経済図書文化賞)など著書多数。

本書の要点

  • 要点
    1
    待機児童数がなかなか減らないのは、数字にあらわれていない「潜在的待機児童」が多くいるからだ。
  • 要点
    2
    待機児童や潜在的待機児童が生まれる根本的な原因は、日本の社会主義的な「保育制度」にある。
  • 要点
    3
    待機児童解消のためにやるべきことはハッキリしているが、問題はそれをどう実行するかだ。既存の既得権構造を打破するのは容易ではない。
  • 要点
    4
    著者らが東京都で進めている施策は、たしかな成果として現れている。だがこれ以上の成果を出すためには、まったく新しい発想や政治的にハードルの高い施策も必要になる。

要約

【必読ポイント!】 日本の保育の現状

いまの待機児童数は氷山の一角
oporkka/iStock/Thinkstock

さまざまな待機児童の対策が近年、矢継ぎ早におこなわれている。だが待機児童問題の解決にはまだ時間がかかるというのが著者の見立てだ。

2017年4月1日時点で、全国には2万人を超える待機児童がいる。その大半は0歳児から2歳児で、東京圏の1都3県に集中している状況だ。とくに東京で多く、全国の待機児童数の約3分の1を占める。しかも待機児童数はここ10年間、ほとんど改善されていない。

とはいえ政府や自治体が何もしていないわけではない。2010年以降は待機児童数を上回る保育の受け皿が作られつづけているし、2015年からは認定こども園なども受け皿の定義に加わった。これらをひっくるめると、じつに待機児童数の3倍を超えるペースで受け皿ができている計算となる。

それでも待機児童数が減少していないのはなぜか。それは数字にあらわれていない潜在的待機児童が数多くいるからだ。厚生労働省の調査によると、2016年4月11日時点の待機児童数は2万3553人だったが、統計上の定義から外れている「隠れ待機児童数」は6万7354人に上るという。それに加え、そもそも行政に存在がまったく把握されていない「見えない待機児童」もいる。この「隠れ待機児童」と「見えない待機児童」を合わせて、「潜在的待機児童」と呼ぶ。

日本の保育は社会主義である

待機児童や潜在的待機児童が大量に発生する原因として、(1)保育士不足(およびその原因としての保育士の低賃金)、(2)女性の社会進出、(3)都市部への人口集中がよく指摘される。しかし待機児童問題の根本的な原因は「保育制度」にある。現状の保育制度は、健全な市場メカニズムが機能しない仕組みになっているのだ。

市場メカニズムが機能しない第1の原因は、行政による価格規制である。政府(国)や自治体が保育料を決め、それを徴収するのも自治体だ。需要が増えればサービスの価格は上昇し、その利益を原資に供給の拡大をはかる。供給が増えれば価格が下がり、廃業しない程度に普通の儲けが出る水準に落ち着く。これが資本主義の基本的な仕組みだが、現状の保育制度では保育料を引き上げられない。

第2の原因は、行政による参入規制だ。保育園不足の地域であっても、経営者の判断で自由に保育園をつくることが許されていない。

第3の原因は、民間会社(株式会社、有限会社、NPO法人)が認可保育所に参加する際の障壁だ。市場経済の担い手が、認可保育の世界で活躍できないようになっている。

行政が価格と供給量を決定して需給調整する現状の仕組みは、「社会主義」と呼んでさしつかえない。待機児童という形の長い「行列」に並ばなければならないのも、社会主義と考えれば当然といえよう。

問題だらけの保育制度
archideaphoto/iStock/Thinkstock

この社会主義的な保育制度は、多くの問題を抱えている。

まず保育料を市場価格よりずっと安くしすぎてしまうことだ。認可保育は世帯の所得水準によって保育料が変わる制度になっているが、政治家や各自治体が人々の歓心を得ようと国の基準からさらにディスカウントするため、平均的な月額保育料は2万円強である。無認可保育園である東京都認証保育所の平均保育料が月額6.5万円ということを考えると、これは破格の安さだ。

もちろん平均2万円強の月額保育料だけで、認可保育所が運営できるはずもない。必然的に国や都道府県、自治体からの多額の公費(税金)に頼らざるをえなくなる。税金の投入額は政治と行政が決めるので、公費獲得のための政治活動が活発化し、さらに高コスト構造が許容されていく。たとえば東京都の各自治体の場合、0歳児を認可保育所で預かると、平均して1人あたり月額40万円かかる。しかも公立認可保育所の保育士たちは高給取りの公務員という事情などもあり、だいたい0歳児1人につき月額50万円程度の運営費がかかる計算だ。認可保育所がなかなかできないのは、この認可保育所の高コスト構造と公費依存体質に原因があるといえる。

さらに問題なのは、この認可保育所に対する多額の税金投入が、子育て世帯の間に大きな不公平を生んでいることだ。

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要約公開日 2018.09.12
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