YouTubeチャンネル『有隣堂しか知らない世界』の開始1年前である2019年秋、老舗書店「有隣堂」の松信健太郎副社長(現社長)は事あるごとにこう言っていた。
「書店業界は超弩級の新しいことに挑まないと滅んでしまう」。
有隣堂は長い歴史を持つ書店チェーン。明治42年(1909年)横浜に創業し、現在は神奈川・東京・千葉を中心に約40店舗を展開している。創業家である松信家が代々経営の中心を担っており、健太郎副社長は7代目の社長就任を控えていた。
だが、それは決して喜ばしい話ではなかった。娯楽の多様化による本離れのほか、電子書籍やAmazonの台頭などにより、書店業界はかつてない危機に直面していたからだ。紙の書籍の販売部数は1988年以降下がり続けていて、販売金額はこの四半世紀で半減していた。
健太郎さんは「従業員に成功体験がなく、気持ちが縮こまっている」ことも懸念していた。従業員は売り上げが右肩下がりの時代しか知らず、全国の書店は次々と潰れていっている。書店業界はまさに、トップ・オブ・斜陽産業なのである。
「超弩級の新しいこと」を探している松信さんに、著者はある提案をした。それは、YouTubeチャンネルを開設することだ。当時、さまざまな芸能人によるチャンネルが盛り上がりを見せていたが、企業が活用している例は少なかった。あったとしてもCM映像を使い回していたり、ほとんど編集されていない映像をなんとなく出していたりするだけだった。
有隣堂がYouTubeチャンネルを開設して、登録者数や視聴回数を集められるようになったら、従業員の「成功体験」になるかもしれない。
松信さんは即断した。「よし、やろう」。
松信さんの鶴の一声から半年、有隣堂YouTubeの1本目の動画がアップされた。このときのチャンネル名は『書店員つんどくの本棚』。書店員「つんどく兄」「つんどく弟」がおすすめの本を紹介するという内容であった。
『書店員つんどくの本棚』の公開から1週間後の再生数は355回、1カ月後になっても584回と振るわなかった。その後も新しい動画が公開されていったが、再生数はどんどん下がっていった。最終的に6本目のアップ後に、『書店員つんどくの本棚』は打ち切られることとなった。
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