資本主義に出口はあるかの表紙

資本主義に出口はあるか


本書の要点

  • 社会分析においては、従来「右/左」あるいは「保守/リベラル」という対概念が使われてきた。しかし「ロック/ルソー」という対立概念を用いた方が、現代社会の本質はつかみやすい。

  • 近代以降、さまざまな捻れを伴いながらも、「ロック/ルソー」の対立軸で世界を分析できた。だが第二次大戦後、様相は一変する。戦後民主主義では、「ロックとルソーの同居」ともいうべき相互補完が見られた。

  • 高度経済成長の終焉に伴い、「ネオ・リベラリズム」が台頭。「保守/リベラル」の関係を、一段と複雑化させた。

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【必読ポイント!】 私たちの生きているこの社会はどんな社会なのか

「右/左」という対立軸を超えて考える

Andrii Yalanskyi/gettyimages

「社会」というつかみづらいものを探るため、これまで「右/左」あるいは「保守/リベラル」という、対になる概念が使われてきた。しかし掘り下げて考えると、壁にぶつかる。なぜ社会はいつも「右/左」に分けられるのか。そもそもなぜ「右/左」の対立軸が社会を考えるうえで重要なのか。その点を説明する議論は、意外にも少ない。

しかも1980年あたりから、この対立軸で社会を理解すること自体が困難になってきた。米国の「レーガノミクス」、英国の「サッチャリズム」あたりがその始まりだ。その背景には、民営化できるところは民営化して、市場競争に委ねるという「ネオ・リベラリズム」という考え方がある。「保守」を代表する政権が「リベラル」を実現するために「改革」を断行する。こういう図式が成立したことで、対立軸が乱れてしまった。つまり80年代以降、世界の政治経済的な構造において、「右/左」という対立軸は崩れているのである。

「ロック/ルソー」という新たな対立概念

「右/左」に代わり、社会の見通しを良くする概念図式は存在しないのかというと、そんなことはない。現代を分析するうえで有効なのが、「ロック/ルソー」という新たな対立概念だ。先に述べた「右」にあたるのが「ロック」で、左にあたるのが「ルソー」である。これは物事の本質に即した言い換えだ。

ロックもルソーも、当時の王政に代わる近代的な社会のシステムを構想した思想家であり、ともに「社会契約論」という議論の枠組みを用いて、近代の新しい社会のあり方を描いた。

社会契約論は人間の「自然状態」を設定するところから始まる。ロックは人間のあるがままの姿を、「自分自身の身体を所有していること」とした。そして「その身体を使ってつくったものは自分のもの」ということで、私的所有の権利を人間の自然本性に組み入れることに成功した。

一方で私的所有を核とする近代社会の構想に、明確に反対したのがルソーだった。ロックと同様に社会契約論を展開し、近代社会の形成に影響力を持ったルソーだが、彼はロックを敵と認定していた。ロックが人間の権利とみなした私的所有権こそ、ルソーにとっては不幸の原因だったのである。

基本理念がまったく異なるロックとルソー

IconicBestiary/gettyimages

「社会」を支える基本的な理念において、ロックとルソーはまったく異なるものを想定している。とりわけ「平等」と「自由」という理念でそれは顕著だ。

「平等」についてロックは、「何人も他人より多くのものはもたない」という考えで、「同じスタートラインに立つ」ことを重要視する。一方でルソーの考える「平等」には、「必要に応じて結果の不平等を調整すべき」という考え方が含まれている。これは著しい貧富の格差を是正し、政府が回収した税金を「一般意志」の決定に即して再配分することを意味する。ロックの考えは「小さな政府」につながり、ルソーの考えは「大きな政府」につながると言っていいだろう。

また、「自由」についても二人の見解は異なる。ロックにおいては、なんらかの束縛から人間を解放するのが「自由」だ。これに対し、ルソーにとっての「自由」とは、他人に依存せず自分で決めるという「自律」である。そこには「共同体の一員として法を忠実に守り、そのことで他者と協力しあう」という含意がある。

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「ロック/ルソー」で揺れ動いた近現代史

19世紀の産業化を支えたロックの思想

19世紀、急速に産業化が進むなかで、その理論的支柱となったのが、ロックの私的所有権を基礎に成立した古典派経済学だった。ロック以降の思想家は、近代社会でどのように道徳を語るかに関心を向けた。

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要約公開日 2020.04.07
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