星野仙一「闘い」の方程式

トップを目指し続けた男の「人生哲学」
未読
日本語
星野仙一「闘い」の方程式
星野仙一「闘い」の方程式
トップを目指し続けた男の「人生哲学」
著者
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星野仙一「闘い」の方程式
著者
出版社
イースト・プレス

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定価
825円(税込)
出版日
2018年02月20日
評点
総合
3.2
明瞭性
3.5
革新性
3.0
応用性
3.0
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おすすめポイント

2018年1月4日、中日ドラゴンズで現役生活を送り、同チームや阪神タイガース、東北楽天ゴールデンイーグルスの監督を務めた星野仙一氏が、膵臓がんのため亡くなった。星野氏が野球界に残してきた偉大な足跡はあまりに大きく、今後の球界に彼ほどの人材は現れないのではないかともいわれている。

本書は2002年に刊行された書籍をもとに、その後の五輪野球監督、東北楽天ゴールデンイーグルス監督時代のエピソードを追加。東北楽天ゴールデンイーグルスが2013年に初の日本一を勝ち取ったところまで、あますところなく収録している。さらに著者が各誌で描いてきた野球人・星野仙一の人生についての記事も、再編集されたうえで掲載されており、まさに「決定版」といえる内容だ。

著者は長年野球界を追い続けたスポーツライター、永谷脩氏。星野氏とは学年が同じなど共通点も多く、野球選手としてマウンドに立っていた頃から、監督として活躍するにいたるまで、星野氏の野球人生とその哲学を文章にしてきた。選手からの信頼も厚い人物だったが、残念ながら2014年に永眠。

現場とメディアという違いはあるものの、野球に人生をかけた二人の男の物語が、この一冊には詰めこまれている。人を大切にしつつ夢を実現する星野氏の姿勢と哲学は、野球という枠を超えて、私たちの道標となってくれるだろう。

ライター画像
池田明季哉

著者

永谷 脩 (ながたに おさむ)
1946年4月5日、東京都生まれ。青山学院大学卒業後、小学館に入社。『週刊少年サンデー』編集部を経て独立し、漫画家の水島新司と月刊『一球入魂』の創刊に関わる。その後スポーツライターとして『Number』『週刊ポスト』『夕刊フジ』などで活動し、TBSラジオでもコメンテーターとして出演。特に野球選手、監督からの信頼が厚く、数々のインタビューで本音を引き出した。2014年6月12日、神奈川県内の病院で死去。享年68。

本書の要点

  • 要点
    1
    野球界に大きく影響を与えた星野氏が、人の気持ちを見抜く眼力と本質的なやさしさを兼ね備えるようになったのは、ずっと支えてくれた母の姿と言葉があったからである。
  • 要点
    2
    星野氏は監督就任後、アメとムチを的確に使い分けた。ぬるま湯体質のチームには“クビ斬り”という非情な手段を使いながら、チームを勝利に導く。そして名監督として名をはせた。

要約

采配力の原点(誕生~現役時代)

女が育て、女が磨いた

星野仙一(以下、星野)の生い立ちには、常に女性の姿があった。星野の父である仙蔵は、仙一が生まれる3カ月前に急死。母親の敏子は、仙蔵が勤めていた三菱重工水島野球部の青葉寮の寮母をしながら、朝から夜まで子供のために働いた。そこには父親のいない仙一に苦労をかけたくないという思いがあった。また彼の姉2人も女子大に行かせるなど、一家を一心に支えた。

その母親がくりかえし仙一に言い続けたのは、「人のために考えて生きる人になれ」ということだった。星野がのちに「自分一人では何もできない。他人の力があってこそ」と考え、人の気持ちを見抜く眼力と本質的なやさしさを兼ね備えるようになったのは、自分を支えた母親の姿と言葉があったからである。

星野野球の原点となった明大監督の“人間教育”
MasaoTaira/iStock/Thinkstock

星野野球の原点を探ると、母校・明大の野球に行き着く。「御大」と呼ばれた島岡吉郎監督のもと、星野は“人間力”を学ぶことになる。

上下関係の厳しさは天下一品だった明大野球部で、島岡御大のいうことは絶対だった。だが島岡野球の厳しさと激しさの裏側にあるのは、あくまでも人への優しさである。星野は島岡監督によく叱られたと語るが、そこに憎悪の感情はまったく残っていない。星野は島岡監督の叱る姿勢を見て、「愛情をこめて殴るのであれば、本気で殴ってもいい」と考えるようになった。のちの球界名物になった星野の鉄拳制裁は、ここから生まれたわけだ。

また星野は「殴ったら必ず次にチャンスを与える」、「叱るときは、人前ではっきり理由をいって叱る」という姿勢を徹底していた。叱られた選手がそこで終わりにならないよう、そしてチーム全体によい緊張感と活気を与えられるよう、あとに引きずらない叱り方を、明大時代の島岡野球から学んでいたのだ。

“燃える男”誕生の瞬間

星野は1969年、中日にドラフト1位で入団した。だが憧れの巨人(8番くじ)に選ばれず、中日に10番くじで引き当てられた悔しさが、星野のその後の野球人生に大きく影響を及ぼした。

星野は東京六大学時代からの投げすぎが原因で、入団当時から右肘を痛めていた。そのため得意のストレートとカーブのみで勝負するのではなく、フォークやスライダー、シュートを身につけ、うまく使い分けることを余儀なくされる。結果として力で勝負するよりも、コントロールと配球でかわすピッチングが身に着いた。

「ケンカ投法」のイメージを作り、攻めの姿勢を見せながらも、変幻自在の投法で相手打者を翻弄していった星野は、強敵・巨人から通算35勝31敗の成績を残している。これは歴代5番目の数字だ。しかもこのなかで巨人相手に勝ち越したのは、星野を除くと1人(平松政次)しかいない。

組織力(中日監督時代)

“青年監督”が就任後に最初に断行したこと
Karnstocks/iStock/Thinkstock

星野はほしいものなら、かならず手に入れようとする性格だった。だがその一方で、非情さを発揮することも少なくなかった。

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