本書の要点

  • 現在の社会では、客観的なデータや数値的なエビデンスが真理として受け入れられているが、客観的なデータがなくとも意味のある事象は存在する。

  • 客観性を重視する傾向は、数字に支配された世界で人間が序列化されることにつながっていく。そこでは社会的に弱い立場の人は排除され、多くの人は競争に縛り付けられ苦しめられている。

  • 本書では、個人の生き生きとした「経験」が引き出される生々しい即興の「語り」を受け取る方法を探りながら、誰も取り残されない社会のあり方について考える。

1 / 4

【必読ポイント!】 数値と客観性の信仰が生む息苦しさ

「先生の言っていることに客観的な妥当性はあるのですか」

FG Trade/gettyimages

著者は、医療現場や貧困地区の子育て支援の現場で行ったインタビューを題材に、大学1、2年生の授業を担当することがある。そうしたとき、「先生の言っていることに客観的な妥当性はあるのですか」という質問を受ける。著者の研究は、対象者の語りを丹念に分析するものであり、数値による裏付けはない。そういう意味で、学生が客観性に欠けると感じるのは自然なことだ。一方で、「客観性」や「数値的なエビデンス」を絶対の真理と見なすことに対する違和感も拭えない。客観的なデータでなかったとしても、意味がある事象は存在する。客観性だけに価値をおく社会では、一人ひとりの経験が顧みられなくなるのではないか——。「誰でも幸せになる権利があると言うが、障害者は不幸だと思う」「働く意思がない人を税金で救済するのはおかしい」授業のなかで、こんな声が聞かれたこともある。学生たちの意見は、社会の代表的な意見であるだろう。社会的に弱い立場に置かれた人に対して、学生たちが冷淡なのは、そもそも社会にそうした人たちへの厳しい目があるからだ。社会的に弱い立場の人に厳しくあたる傾向は、客観性を重視する傾向と無関係ではない。両者は、数字に支配された世界で人間が序列化されているという点で共通している。常に競争の恐怖に怯える序列化された世界で、幸せになれる人はほとんどいない。学生たちが社会へ向けた厳しい目線は、翻って自分たちを数字による競争に縛り付け、苦しめることになっている。本書は、私たち自身を苦しめる発想の原因を、数値と客観性の過度な信仰のなかに探っていく。

2 / 4

客観性が真理となった時代

客観性の誕生

世界のあらゆる事象が客観的にとらえられるものになっていったのは、19世紀から20世紀にかけてのことである。客観性を重視する世界の歴史は、まだわずか200年弱しかない。

もっと見る
この続きを見るには...
残り3358/4171文字

4,000冊以上の要約が楽しめる

要約公開日 2023.07.06
Copyright © 2025 Flier Inc. All rights reserved.

一緒に読まれている要約

スマートな悪
スマートな悪
戸谷洋志
ヒトの言葉 機械の言葉
ヒトの言葉 機械の言葉
川添愛
生きるための哲学
生きるための哲学
岡田尊司
人生・キャリアのモヤモヤから自由になれる 大人の「非認知能力」を鍛える25の質問
人生・キャリアのモヤモヤから自由になれる 大人の「非認知能力」を鍛える25の質問
ボーク重子
ほんとうの心の力
ほんとうの心の力
中村天風
私が語り伝えたかったこと
私が語り伝えたかったこと
河合隼雄
精神科医Tomyの心が凹んだときに読むクスリ
精神科医Tomyの心が凹んだときに読むクスリ
精神科医Tomy
渋沢栄一  一日一言
渋沢栄一 一日一言
渋沢栄一

同じカテゴリーの要約

移動と階級
移動と階級
伊藤将人
新しい階級社会
新しい階級社会
橋本健二
きみのお金は誰のため
きみのお金は誰のため
田内学
「伝え方」の本質
「伝え方」の本質
豊島晋作
西洋近代の罪
西洋近代の罪
大澤真幸
となりの陰謀論
となりの陰謀論
烏谷昌幸
ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー
ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー
ブレイディみかこ
これからの「正義」の話をしよう
これからの「正義」の話をしよう
マイケル・サンデル鬼澤忍(訳)
無料
FACTFULNESS
FACTFULNESS
ハンス・ロスリングオーラ・ロスリングアンナ・ロスリング・ロンランド上杉周作(訳)関美和(訳)
無料
13歳からの地政学
13歳からの地政学
田中孝幸