日本酒ドラマチックの表紙

日本酒ドラマチック

進化と熱狂の時代


本書の要点

  • 酒造りは、日本酒が好きなだけでは続かない、厳しい仕事である。だからこそ、従業員がモチベーションを保つように配慮することが肝要だ。(「而今」)

  • 酒造りは表現であり、平凡であることは悪である。日本酒の歴史に敬意を払っているからこそ、未来につなげていくために、新しいことに挑戦していくべきだ。(「新政」)

  • 世襲の蔵元ではないからこそ、人に対しても酒に対しても、人一倍真摯に接してきた。そして単なる真似にならないように、自分の蔵の味を守りながら、より味を洗練させる努力を続けている。(「ロ万」)

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「而今」

どうすれば売れるのか

bee32/iStock/Thinkstock

「而今」(じこん)といえば、ほどよい旨み、爽やかな酸味、果物を思わせる心地よい香りが特徴的であり、この味に魅了されるファンは数多い。造る数量が限られているため、ようやく入手できた酒処では、誇らしげに「而今あります」と張り出すほどだ。「而今」を生み出したのは、三重県名張市にある木屋正酒造6代の大西 唯克(ただよし)さんである。もともと理系分野が好きだった大西氏は、上智大学機械工学科に進学。いずれ酒造業を継ぐことを意識して、就活ではビール会社と食品会社をまわった。採用された雪印乳業(現・雪印メグミルク)では、もの造りの意識について、多くを学んだ。雪印を退社したのち、広島の独立行政法人酒類総合研究所(旧・国税庁醸造試験所)で、酒造りの基本的な理論を学んだ大西氏は、実家に戻って家業を継ぐのだが、ここで想像していた以上の厳しい現実に直面する。4代目の祖父の時代に、700石(一升瓶で7万本)ほどあった売り上げが、200石を割っており、しかも年々売り上げを落としていたのだ。さまざまな打開策をしかけてはみるものの、いずれも反応は鈍く、焦る気持ちが募るばかりだった。

心から美味しいと思う酒を

万策尽きたと思われたころ、大阪の近鉄百貨店を会場とする催事への出展が決まった。そこで、大西さんは1週間、販売員として売り場に立ち続けたが、相変わらず評判は芳しくない。しかし、大阪の居酒屋で山形の酒「十四代」に出合ったことが、大西さんのその後の人生を変えた。若い蔵元が杜氏を兼任し、自ら造った酒として、「十四代」が東京や大阪で話題を集めていたのは知っていたが、飲んだのはそれが初めてだった。「心から美味しいと思った日本酒は初めて」と語る大西さんは、まず営業販売よりも、質のいい酒を造らなければならないと心に決めた。実際に酒造りに関わりはじめてみると、自分の酒蔵の汚さ、製造工程における温度管理、できた酒の管理のずさんさが目に入った。状況を改善しようと杜氏に訴えてみたものの、説明すればするほど無視されてしまう。業を煮やした大西さんは、ついに造りに入って3年目の2004年、29歳という若さで杜氏の職に就き、自ら酒造りを始めた。そして全身全霊を傾け、身を削るようにしてようやく完成させた。そして、各地のコンテストや利き酒会に出展したところ、見事に平成16酒造年度の全国新酒鑑評会で金賞を受賞。さまざまなところから声がかかるようになった。

チームを率いるということ

alphaspirit/iStock/Thinkstock

すべてが順調に進んでいるかのように見えたが、現場では体制が整わず、綱渡りの状態が続いた。かつては秋になると、杜氏の里から、杜氏が蔵人を引き連れて酒蔵に来たものだが、今は就職情報誌で募集したり、ハローワークに登録したりして働き手を探さなければならない時代である。人が集まらないというわけではないのだが、酒造りの現場は単純作業の繰り返しであり、日本酒が好きというだけでは続かない。それだけに、従業員がモチベーションを保てるような配慮は必要不可欠だ。しかし、当時の大西さんにはその余裕がなかった。たった1人しかいなかった社員も辞めてしまい、途方にくれた。事態が好転したのは2011年10月、ハローワークで応募してきた23歳の北脇 照久さんを雇用してからだ。ライオンのような金髪頭で面接にやってきた北脇さんだったが、

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要約公開日 2016.12.09
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