
日本企業の危機は、ここ数十年つねに叫ばれ、そのたびに多様な手立てで仕組みの改革が試みられてきた。にもかかわらず、日本企業の仕組みと日本的雇用の本質は現時点でも大きく変わっていない。なぜならその基盤に、「三位一体の地位規範信仰」が横たわっているからである。
三位一体の地位規範とは、正社員総合職に代表される「無限定性」、「標準労働者」、そして行き過ぎた仕事至上主義としての「マッチョイズム」から成る。多くの人はこれらを信じて疑わない。
この「信仰」は、1955年の「生産性運動に関する三原則(生産性三原則)」という宣言に多大な影響を受けている。その後現在まで時間をかけて制度と慣行を複雑に絡み合わせ、結果として変更しにくい構造を形成してきた。生産性三原則の存在を知らない人の間ですら、この信仰は当たり前の前提になっている。企業の仕組みに関わる当事者の多くが、自分たちの行動原理にこの信仰が影響している事実に無自覚であり、これが新しい考え方を取り入れても空気そのものは変わらない原因になっている。

三位一体の地位規範信仰の1つ目の要素である無限定性には、職種・勤務地・時間の3種類がある。これらが無限定と表現されるのは、会社命令に基づくものであるからだ。命令によって個人がこの3つを自由に選択できなくなるのが無限定性の本質だ。

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