ゆめタウンの男

戦後ヤミ市から生まれたスーパーが年商七〇〇〇億円になるまで
未読
日本語
ゆめタウンの男
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戦後ヤミ市から生まれたスーパーが年商七〇〇〇億円になるまで
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ゆめタウンの男
出版社
プレジデント社

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定価
1,760円(税込)
出版日
2019年06月15日
評点
総合
3.7
明瞭性
4.0
革新性
3.5
応用性
3.5
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おすすめポイント

本書の著者であり、イズミ名誉会長である山西義政氏は、96歳(本書執筆時)ながら毎日会社に出勤し、ほぼ毎週末、店舗を巡回しつづけているという。店舗というのは、中国・四国や九州に根を張る「イズミ」や「ゆめタウン」のことだ。著者自身の故郷であり、戦争で焼け野原となった広島で立ち上げ、その復興と歩みをそろえるようにして発展・成長していったのが「イズミ」。「ゆめタウン」は90年代に入ってから、時代の変化を先取りする形で作り上げた大規模ショッピングセンターだ。

「イズミ」も「ゆめタウン」も、住んでいる場所によっては馴染みがない人もいるかもしれない。それでも、地域に根差し、地域とともに歩んだ小売業が、どんな逆風の時代にあっても変わらず成長し続けていくことのすごさはおわかりいただけるのではないだろうか。ここ20年ほどで、誰もが知るスーパーマーケットが破綻したり、百貨店が合従連衡を繰り返したりしている事実を知っている方も多いはずである。

「イズミ」はただ経済が発展し、人口が増えたタイミングで出店したから大きくなったのではない。著者のように、常に時代の先を読んでビジネスを展開する人がいるからこそ、地域経済は発展し成長する。本書を読むと、そんなことを考えずにはいられない。

経済が停滞している状況でも、時代の先を読むことは大切だ。「ゆめタウン」が店舗を増やしたのは、平成不況の真っただ中のことだったのだから。ビジネスパーソンであればどなたでも、お楽しみいただける一冊だろう。

ライター画像
三浦健一郎

著者

山西 義政(やまにし よしまさ)
1922(大正11)年9月1日、広島県大竹市に生まれる。20歳で海軍に入隊し、当時世界一といわれた潜水艦「伊四〇〇型」に機関兵として乗艦。オーストラリア沖ウルシー環礁への出撃途上、西太平洋上で終戦を迎える。戦後、広島駅前のヤミ市で商売の道に進む。1950(昭和25)年、衣料品卸山西商店を設立。1961(昭和36)年、いづみ(現イズミ)を創業し、代表取締役社長に就任。同年、スーパーいづみ1号店をオープン。1993(平成5)年、代表取締役会長。2002(平成14)年、取締役会長。2019(令和元)年5月より名誉会長。西日本各地に「ゆめタウン」などを展開し、一大流通チェーンを築く。

本書の要点

  • 要点
    1
    著者の商売の原点は、家計を助けるためにシジミやアサリの行商をしていた経験にある。このとき、主婦たちを相手に「欲しいものを欲しい人に届ける」という商売の基本を学んだ。
  • 要点
    2
    「ゆめタウン」は、1990年に「アメニティとアミューズメントのある生活博物館」をコンセプトとして生まれた。
  • 要点
    3
    イズミは、まさに著者が歩んできた人生そのものである「革新・挑戦・スピード」の精神で、1兆円企業の実現を目指している。

要約

【必読ポイント!】 焼け跡からの出発

商売の基本を学んだ行商の経験
11247t/gettyimages

著者は1922年に生まれ、広島市南区宇品(うじな)で育った。父の収入は安定せず、母は病弱で、暮らし向きは楽ではなかったという。なんとか家計を助けようと、朝は新聞配達をしてから学校に行き、放課後はシジミやアサリの行商をしていた。

行商では、主婦たちに毎日買ってもらうために「シジミに~ハマグリ~、アサリ~」といった売り声のリズムや語呂を工夫したり、売りに行く時間を固定したりしていた。今思うとこのとき、主婦たちを相手に「欲しいものを欲しい人に届ける」という商売の基本を学んだのだろう。

成人すると、海軍に入隊。偶然が偶然を呼び、すんでのところで命拾いしたあと、終戦を迎えて広島に帰った。広島は一面焼け野原になっていたが、駅前のヤミ市は活気に溢れていた。その光景を見ていると、かつてアサリやシジミを売り歩いたことが記憶から蘇った。また人々の欲しがる物、必要な物を売れば、ここで生きていけるかもしれない――そう思ったのだ。

著者は、海軍にいたときの戦友の家で作っていた干し柿を譲ってもらい、売ることにした。当時、甘みは貴重だったので、飛ぶように売れたという。

露店から卸問屋へ

干し柿の露店は1年も経たずに閉め、衣料品の店を出すことにした。戦争直後は何より食べ物が必要とされたが、やがて衣料品が求められるようになると考えたからだ。最初は何でも扱う小売だったが、だんだんと衣料品の卸問屋としての取引を大きくしていった。

1950年には卸問屋を株式会社化して「株式会社山西商店」にした。1953年には、4度目の移転として、広島駅のすぐ近くの一等地に店舗を移した。これは、現状に安住するのではなく、自分で自分を追い立てて商売に邁進したいという想いからだった。

衣料品ブランド「ポプラ」の誕生

元来、卸問屋は仕入れ以外にあまり動かないものだった。だが著者は、問屋であっても営業に出て、外販を試みることにした。お客がやって来るという、旧態依然としたスタイルに疑問を感じていたからだ。問屋として生き延びるには、小売業である顧客を開拓し、できるだけ長い付き合いを続けるしかないとも考えた。

著者はそこからさらに一歩踏み込み、メーカーの製品を仕入れて提供するだけでなく、自分のところできちんと納得できる製品を作りたいと考えるようになった。

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